家族ぐるみで忙しさを乗り切る

フリーターをしていたのですが、26歳になったのを機に留学することに。お金をためるため、時給の良いバイトを可能な限りかけもちすることにしました。それで年末の、しかも早朝から16時くらいまで働ける築地でアルバイトを始めることにしたのです。

行って驚いたのは、間口が恐ろしく狭いこと。1間半くらいの店頭に、ところ狭しと海産物やお正月商品が積まれています。その隙間には、普段から取り扱っている豆腐や油揚げ、蕎麦やうどん、醤油などの生ものから乾物、調味料まで食品が並んでいます。いったい何屋なのだろう? という疑問がまず浮かびました。この雑多な感じは築地ならでは、なのではないでしょうか。

次に驚いたのは、家族経営であること。しかも三世代がその狭い店内でワサワサと働いていることです。そして一番の権限者が働き盛りのお父さんではなく、90歳をとうに過ぎたおばあちゃんなのには本当にびっくり。60歳を過ぎた息子が何を言おうが、「黙りんしゃい!」と言って、自分の意見を押し通してしまうのです。腰が曲がり切って手も震えているけれど、ずーっと店頭に座って私たち店員の動きを見張っているのが不気味でした。実際、3日くらいたつと仕事のできないバイトが一人、また一人と消えたり加わったり入れ替わりが激しいのです。あとで聞いたら、やっぱり気に食わないとすぐにクビにしてしまうのだそう。幸い私はなぜか気に入られて、でもその分どんどんシフトを増やされてちょっと大変でした。

それから、休憩時間に2階の自宅兼事務所で数人ずつ円卓を囲み、自家製のごはんと味噌汁、てんこ盛りにされたお惣菜を食べることには驚きました。でも、手作りのお惣菜は温かくて本当においしくて。ついつい箸が進んで、アルバイトの期間中に3kgも太ってしまいました。たまに小学生の子供たちが食事に加わるのですが、この子たちがにぎやかで楽しくて、場を明るくしてなごませてくれるのです。15時になるとみんなにたい焼きやどら焼きなどお菓子が配られて。私は核家族で育った一人っ子なので、こういう大家族のやりとりがすごく新鮮な体験でした。

大変だったのは、年の瀬がせまったころに団体の「年の瀬お買い物ツアー」の客がドカッと増えることです。バスで来て30分くらいで買い物を済まさなければならないので、みんな必要以上に殺気立っています。手に大量の商品をもってわれ先にとお金をもった手を差し出してくるさまは、エサをほしがるヒナ鳥を連想してしました。中国人ツアー客はお金持ちが多いせいか買う量が半端なく、高額商品が多いので計算が大変です。店頭からレジに戻る時間の余裕はありませんし、満員電車の車内のようにスペースがないので基本的に暗算で済ますのも、築地流でした。

良かったのは自分がほしい品物を店で安く変えたこと。留学前に、お世話になった人へリーズナブルな品を贈りたかったので、ちょうどぴったりでした。しかも、こちらの目が肥えてきて、魚や貝などの品質の良し悪しを見分けることができるようになったことも得した点です。休み時間にはほかの店を見て回ったので、品物の質と値段の相場もわかるようになりました。また、「いらっしゃーい! 安いよー」と声を張り上げて頑張っていたら、隣の店で同じように大声で新巻鮭を売っていたおじさんと妙に仲良しになり、鮭の切り身を驚くほど安く売ってくれて。切り身をつくる際に出てしまう半端な部分は自宅用にと無料でたくさんくれました。この年の年末年始は焼き鮭に石狩鍋、鮭のチャンチャン焼きなど鮭三昧。脂ののった大好きな鮭をたくさん食べられて幸せでした。おじちゃんの笑顔と大きなダミ声を思い出しながら食べる鮭の味は格別で、下町人情をしみじみと感じることができたのがよかったです。

おばあちゃんのことはどうしても好きになれず、というよりむしろ威圧感があって怖いのでなるべく近寄らないようにしていたのですが、年末の仕事納めには「お年玉袋」とおせちに使えそうな昆布巻きをプレゼントしてくれて。なにより「よく働いたね。ご苦労さん」と声をかけてくれたのがうれしくて涙が出そうになりました。ああ、ちゃんと見ていてくれたのだなと思うと、寒い中でも店頭に座っていたおばあちゃんの姿が神々しいようにも思えてきました。これで私も大きなファミリーの一員に加われたというような、あったかい気持ちになれました。私はふだん職場ではビジネスライクにしていたいタイプなのですが、たまにはこういう付き合いもいいなと思いました。これが私の、貴重なアルバイト体験です。